
【概要】
千葉県佐倉市と酒々井町にまたがる本佐倉城は佐倉千葉氏の居城として9代に渡って約100年存続した中世戦国時代の城です。築城は文明年間(1469~1486年)、千葉輔胤あるいはその子孝胤によるものと推定されています。千葉氏は源頼朝の鎌倉幕府創設期から活躍した有力御家人の名族ですが、戦国時代では関東の覇権争いの中で上杉氏や上総の里見氏、常陸の佐竹氏などの脅威にさらされたため小田原北条氏を頼ります。
しかし、相次いで当主が家臣に暗殺されるなど勢力は弱体化、天正18年(1590)、豊臣秀吉の小田原攻めの際、北条氏に味方した千葉氏は滅亡。本佐倉城は明け渡されました。
一方、佐倉城は、戦国時代中頃に千葉氏の一族である鹿島幹胤(もとたね)が築いたといわれる中世城郭が原型。江戸時代、慶長16年(1610)土井利勝が改修、元和2年(1616)に完成しました。江戸の東を守る城として重要視され、土井利勝以降、石川氏、堀田氏、松平氏、大久保氏、戸田氏、稲葉氏など親藩あるいは譜代大名が入り、8人の城主が老中(土井利勝は年寄)に就任しています。延享3年(1746)に堀田正亮(まさすけ)が城主となって以降は堀田氏が6代続き幕末を迎えますが、幕末期の藩主・堀田正睦(まさよし)は開国に導いた老中として有名です。明治維新後、佐倉城は政府に接収され、明治六年(1883)に陸軍第一軍営東京鎮台の佐倉営所が設置され建物が払い下げ、又は順次取り壊されました。
その後も引き続き兵舎や軍の病院などが置かれ陸軍の用地となりました。
戦後、昭和39年に佐倉城址公園となり、病院が城外に移転した後、公園の本格的な整備が進み、昭和58年には明治百年記念事業として、国立歴史民俗博物館が設置され、現在の姿になりました。
全国でも国指定史跡クラスの大きな城が同じ行政区画にあるのも珍しく、今回はそれぞれ時代の違う二つの佐倉城を見学する事にしました。
小田原城郭研究会の山本篤志さんのマニアックな解説を聞きながら歩きましょう。

【日時】
2月23日(祝)10:00~17:00(予定)
【集合場所&時間】
京成電鉄「大佐倉」駅改札前 10:00
※「京成佐倉」駅、JR「佐倉」駅ではありませんのでお間違いないように。
【解散場所&時間】
JR「佐倉」駅 17:00(予定)
【ランチ】
歴博に行くことも検討しています
【参加費】
1000円
【ガイド】
ガイド 小田原城郭研究会 山本 篤志氏
#東京再発見 #東京を再発見する会 #佐倉
当日の詳細・連絡はFacebookイベントページをご覧ください
2月23日(祝)本佐倉城ともう一つの佐倉城を歩く

